◇トレセン・競馬場のヒミツ

誰(た)がためのストライキ

「ストライキ」…労働者が資本家に対し、
ある要求を通させるために団結して仕事を放棄すること。

多くの場合は賃上げや待遇改善を求める、
労働者のジョーカーカードである。


「調教師」という「社長」が「厩務員」という「社員」を雇って
「厩舎」という「会社」を運営しているトレセンにも、
当然、労働闘争は存在する。


勝利数や連体率という数字によって、
稼ぐ厩舎、稼がない厩舎が明確に色分けされている勝負の世界…、
当然、厩務員個人の給料にも格差が生じている。


厩務員の給料(の大部分)は、
基本給+担当馬の賞金(5%)で形成される。
当然、担当馬が稼がなければ、
基本給での生活を強いられる訳だが、
過酷な労働条件に反比例して、
基本給自体はあまり多くないのが実情のようだ。

キャリア20年の40歳前後の男性で、
大体、手取りは30万前後だろうか。

ボーナスは存在しないので、年収ベースで見れば、
一般的なサラリーマンよりは下に位置付けられるはずだ。

そして、休日など皆無に等しい過酷な労働条件…、
担当馬の成績に対する不安、ストレス…、

厩務員は「本社」であるJRAに対して、
慢性的なブチ切れ状態であることは、容易に想像できる。

その結果、毎年のように激しい労働闘争が展開され、
年によっては競馬の開催すら危ぶまれるのは周知の事実だろう。


ここに大きな問題が生じている。

厩務員たちの本音の部分と、ファンの意識のすれ違いである。

競馬が開催されないことに対して、
ファンは厩務員を「罪人」のように扱う。

マスコミの論調も、「何でストをするかなー」的な内容に終始している。

しかし、生活と己の健康がかかっている厩務員は
容易に引き下がれない。


正直なところ、ファンにとっては、
厩務員の給料うんぬんよりも、
競馬が開催されるかどうかが大きな問題だろう。

厩務員にしてみれば、自分の馬が出走しない競馬など、
さして大きな問題ではない。

元々、論点が違うので、歩み寄られるわけがない。


ただ、このストライキが、厩務員の中で、
全員がもろ手を挙げて賛成かと言えば、そうでもない。


開催が中止になるかどうかの本当の情報は、
厩舎サイドにも伝わってない場合が多々あるからだ。

というよりも、結論は両者の話し合いの末に生まれるものだけに、
結論が出る瞬間まで、「結論」が存在しないのだから、始末に終えない。


出走を予定しているのだが、速い追い切りをかけてもいいものか…。
競馬がないなら、軽めで済ませたいのだが…。
勝ち負けになるはずのレースが延期され、次週に状態を維持できるか?


ストライキの真っ最中、とある調教助手さんの(本音の)叫び声を聞いた。

「開催ないって聞いたから、速い追い切りしてへんぞ。
どないしてくれるねん」


いずれにしても、巻き込むものが大きすぎるということか。

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トレセン紀行 後編

栗東トレーニングセンターが誇る調教馬場には、
3つの追馬場(乗り運動用の角馬場)と
ABCDE+坂路の6コースがある。

ABCDEコースはトラック状に並んでおり、
調教スタンドは、その全景を見下ろせる位置に建てられている。

ただし坂路は、コースの向こう正面に並行に並んでいるが、
(コースの)調教スタンドから目視することはできず、
スタンド内に置かれたモニターで調教状態を確認することになる。

内側から見ていくと…

Aコースはジャンパー(障害馬)専用で
、幅20m、全長1450mの芝コース。
道中には生け垣4つ、水濠1つ、
竹柵1つの計6つの障害が設置されている。

Bコースは全面ダートで、
幅20m、一周は1600m。

Cコースは全面ウッドチップで
幅20m1周は1800m。通称はCW(シーウッド)。

このCWは平成5年夏の改修工事でダート(砂)から
ウッドチップに生まれ変わって以来、
最も追い切り数の多い、超人気コースとなっている。

ところで、専門紙などで−−−12.6という
追い切り時計を見た方は多いだろう。
この「−」の部分は、時計を出していないのではなくて、
あまりの追い切り数の多さに、
採時記者が時計を採り逃したから、である(^^)。

Dコースは内側18mが芝で、
外側10mがウッドチップという特殊な作りになっている。

全長は芝コースが1950mで、ウッドコースが2063m。
通称はDW(ディーウッド)と本場馬。
芝コースが本場馬と呼ばれるのは、
まだ競走馬がトレセンではなく、競馬場に所属していた名残だろうか。

Eコースは全面ダートで幅30m全長は2200m。
2コーナーの奥にはスターティングゲートが設置されており、
ゲート練習はそこで行われている。
ちなみに、ゲートには臨場感を高める目的で
常に音楽が流されているそうだ。

また、このコースの直線には緩やかな勾配が設けられており、
名馬テンポイントがハードトレーニングを重ね、
ついにはトウショウボーイを打倒する、大きな要因となったとされている。

しかし、かつては現在のCWのように隆盛を誇ったEコースも、
現在のところ、追い切られる馬はほんの僅か。

なぜか?
それは、坂路コースが誕生したからである。

昭和60年に造成された坂路コースは、
Eコースの向こう正面と平行に、照明灯を隔てて走っている。

通称は「山」。

管理馬に坂路主体の調整を施す厩舎を「山の厩舎」といい、
その馬たちは「山の馬」と呼ばれる。
ちなみに、私の記者時代の担当厩舎は「山の厩舎」ばかりである。
(自己紹介参照)

幅は10mで、全長は1815m。
全面ウッドチップが採用された、日本初の調教コースでもある。

コースのほぼ全長に渡って設けられている勾配は、4%前後。
数字的に見れば何気ない程度に思えるかもしれないが、
実際は、試しに走ってみた私が、
ほんの100mほどで息切れしてしまったほどの急勾配。 
こんな厳しい坂道を毎日のように走らされれば、

「そりゃミホノブルボンは無敗の2冠馬になるで」
などと思えてしまう。

それはさておき、
坂路の調教スタンドは2つあって、

1つはコースと平行に設置された吹きさらしの小さな小屋。
もう1つは、坂の頂上付近に設置された新しいスタンド。

私が坂路を担当していたときにの仕事場は、新スタンドだが、
ここでは調教中の競走馬を真正面から見ることができる、
唯一の場所なのである。

初めてここで馬を見た時は、
真正面から走ってくるサラブレッドの美しさに、
しばし時間を奪われたのを思い出す。

そういやオースミタイクーンなどは、
「正面のガラスを突き破って、こちらに跳びかかってきそうな」
ぐらいの迫力と力強さだった。

余談だが、
坂路の調教スタンドに入るには、
トラックコース下の地下通路を潜らねばならない。
この通路が長くて、また急な坂の連続。

自転車通勤だった私はフーフー言いながら通ったものだが、
地下に潜って、また地上に出て、
そして坂路沿いに坂道を登って辿りつく新スタンドは、
まるで別世界に存在するような気がするのは、私だけではないだろう。

「トレセンのチベット」

言い得て妙の名付け親は、『キンキ』の森さんである。


話は変わるが、坂路コースは従来のコースと違って、
追い切り時計が電算で自動計時される。

そのため、坂路の調教班は採時の必要がなく、
馬を見ることに専念できるので、非常に重宝されている。
(そう言えば、従来コースにも
計測装置を付けるという話をよく耳にしたが…)

ただし、いいことばかりでもなく、
この自動計測装置はよく狂うことで知られている。

雨、雷、カラスの悪戯など、とにかく原因不明の事態で
よくとんでもない時計がはじき出されるのだ。

そういえば…

佐々木晶厩舎に「カイトウルパン」という馬がいたが、
この馬が通過したときに、突如(たまたま)、計測装置が狂い、

「ルパンが時計を盗んだ」
とトレセン中が大騒ぎになったことがあった。

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トレセン紀行 前編

競走馬の大半が馬生の終焉を迎える地、トレセン。
そのトレセンの仕組み、構造を知れば、
競馬をまた違った視点で見ることができるのではないだろうか。

という訳で、長編「トレセン紀行 前編」をどうぞ。



JP大阪駅から、電車に揺られること約1時間。
栗東トレーニングセンターの最寄り駅、
JR東海道本線の「草津」駅に到着する。

そこから帝産バスに乗れば、390円(平成10年前後)の運賃を要して、
約20分の距離。

しかし、どうせなら奮発してタクシーでいくことをお勧めしたい。
なぜなら、この帝産タクシーは競馬開催日の関係者の御用達だから。

「〇〇を乗せて、雄琴に行ったことがあるよ」

などという、こぼれ話が聞ければ、2000円の運賃などは安いものだろう。

直接、JRAの事務所まで乗りつけてもいいが、初めての人は、

「トレセンまで。バス停の『中村』前」
と運ちゃんに告げよう。

そうすれば、降りた場所から、
日本中央競馬会(JRA)の象徴的存在である
故シンザン号のブロンズ像が見えるはずだ。

シンザンに護られたここが、栗東トレーニングセンターの正面玄関。

そのシンザン像から厩舎地区の入り口までは、
緩やかな坂道になっている。
歩道のわきに植えられている木は桜。

この桜並木がシーズンには満開の花を開き、
絶好の風景を演出してくれる。
もっとも、酒飲みが集まる厩舎人には、
花見の季節としての認識度が高いようだが。

4、5分も歩けば、最初に見えてくる門。
これが倉見門。厩舎地区へ通じる4つの通用門の1つである。

守衛さんに挨拶を交わし、中に入ってみると…。

一歩足を踏み入れた瞬間に、独特のすえたにおいが周囲を囲む。
正確には寝ワラに尿が付着して起こる化学反応(?)なのだが、
初心者はまず、この「におい」の洗礼を受けることになる。
でも大丈夫。慣れるまで時間はかからないはずだ。

そして、深呼吸して辺りを見渡せば、
目に飛び込んでくる競走馬の曳き運動の風景。

運良く、ピークの時間帯に当たれば、
厩舎の周辺は厩務員に曳かれた競走馬で一杯になっているはずだ。

どれがG1馬で、どれが未勝利馬などという
見分けはほとんどつかないし、
そんな無粋なことはしなくてもいい。
ただただ、非日常的な光景を目に焼き付けておくべきだ。

道路をよく見れば、アスファルトがほとんどないことに気付くだろう。
前足に「爆弾」を抱える競走馬にとって、堅い道路は厳禁。
管理馬の健康を気遣ってのことは言うまでもないだろう。
全てにおいて、「馬・優先」の世界なのである。

それゆえに、雪や雨の日は長靴が定番アイテムになる。
雨の日に新品の革靴で来た人は、後悔することになるから要注意だ。

地区内に立ち並ぶ厩舎数は約120棟。馬房数は約2200だろうか。
馬房が満杯だとして、ここに休養馬と未入厩馬を足せば、
栗東に所属している全競争馬の数が見えてくる。
変動はあるが、平均して3000頭弱、
美浦トレセンにもほぼ同数が所属しているとして、
中央競馬は常時、約7000頭で回転していることになる(と思う)。

通常、調教師は1人で1棟の厩舎を管理している。
厩舎には10〜20の馬房が並んでいて、
右端には調教師の住居、左端には
「大仲」と呼ばれる厩務員の休憩所がある。

厩舎の馬房数に差が出ているのは、
キャリアに応じて割り当て馬房数が決まっているため。
調教師1人当たりの馬房数を平均すれば20ほどだが、
新規開業調教師には12馬房の割り当てしかない。
そこからスタートして、キャリアとともに増加していくシステムなのである。
ちなみに、キャリアの浅い田原師や池添師は12馬房しかないが、
大ベテランの伊藤雄師は24馬房を管理している。

馬房の右端にある調教師の住居には、
そこで師が家族と生活している場合もあるが、
外に別邸を構えている人も多い。
トレセンの近辺に、田舎の風景にそぐわない豪邸が散在しているのは、
そのためである。

厩舎内に入れば、ラジオの音が聞こえてくる。
テレビをつけっぱなしにしている厩舎もあるように、
絶えず、管理馬を騒音に慣れさせる訓練をしているというわけ。

厩舎には調教師の個性がよく表れている。
空きスペースで野菜や果物の栽培をしている厩舎もあれば、

松元茂厩舎のように、
鉄柵に囲まれた馬の砂遊び場を作っているところもある。
余談だが、この鉄柵を立てるのに、
私をはじめ、門口さん、石川さんなど、
各社の松元茂厩舎担当TMが総出で手伝わされた。
いや、お手伝いさせていただいた。

大久保正厩舎は、馬房前の通り道の砂に非常にクッションが利いている。
記憶の糸を辿れば、ナリタブライアンの現役晩年が
一番柔らかかったような、気のせいかな…。

トレセンでは5つの厩舎を1つのブロックとして分けられており、
その周辺は車道とは別に、「馬道」と呼ばれる砂の道で囲まれている。
馬の曳き運動はここで行われるというわけだ。

絶えず水を含んだ状態を保つために、
夕方には散水車での水撒きは欠かせない。
冬場には、凍結防止のため、不凍液という液体も散布されている。
時折、この不凍液が馬の傷口から侵入して、
フレグモーネ(玉節炎)という病気を引き起こす場合もある。


さて…

倉見門から南西に直進して、調教スタンドに向かってみよう。


「公正競馬は我らの使命」
「寝ワラのリサイクル運動」
「注意!! 『馬』横断あり」

この道中、こう書かれた独特の看板に気付く人も多いはずだ。
トレセンか競馬場、牧場にしかない種類の看板が、
改めて、ここが特殊なフィールドだと感じさせくれる。

道路のわきにある、青く塗装された鉄の箱は、寝ワラ専用のごみ箱。
毎日、夕方に中身が回収され、近くの農家に堆肥として配られている。

こういった、地味な貢献は話題に上らないが、
周辺住民との共存を指標とする
トレセンらしいエピソードと言えるだろう。

また、礼に始まり、礼に終わるトレセンでは、
誰を見ても挨拶を欠かさずに行おう。
(馬、自転車、単車にのってる人は別ね)

朝は「ザイーッス」
昼は「チャイーッス」「チッス」

などが主流のようだが、調教師の先生には当然、敬語で話しかけるように、
って当然か。



調教馬場に面して建てられた調教スタンドは、
3階建ての非常にシンプルな構造。

1階が売店と厩務員席。
2階が調教師席。
3階が記者席と馬場監視員席。

となっている。

1階の売店のメニューは,
コーヒー、各種うどん、おにぎり、
ゆで卵など(平成10年前後)で、お茶は飲み放題。
どれも安価で、かき揚げうどん以外は味もそこそこおいしい。
自動販売機も設置されているが、
ほとんどの飲み物は100円に設定されており、
硬貨を何枚も入れる手間が省けて大助かりだ。

また、朝の早い仕事がら、
しかも冬は氷点下近くまで気温が下がるので、
ほぼ1年中、ストーブには火が入っている。

2階は調教師席となっているが、
大きいレースが近付くと、
調教師よりも記者の数が多いこともしばしば。
そのため、調教開始から1時間は報道規制が敷かれ、
取材禁止の措置が取られている。

調教師の中には3階の記者席で競馬記者と一緒に調教を見る人もいる。
新井師、佐々木晶師、山内師、白井師、田中耕師などがそうだが、

3階が特別見やすいわけではなく、
この先生(調教師は先生と呼ばれる)方は、
そこを記者とのコミュニケーション
(情報交換)の場として利用しているのである。

新井師は別の意味でも凄い人である。

なんと師は専門記者も顔負けの採時の腕前を持っているのである。
20人は下らない数の記者が逃した時計を、
師が採っている場合が、多い時は1日に2、3本はあることも珍しくなく、
私も何度か助けてもらったことがある(^^)。

G1レースの当週には、
空きスペースを利用して、共同記者会見も行われる。
調教師と騎手が並んでソファーに座り、
インタビュアーのインタビューを受けているシーンを、
テレビで見たことがはないだろうか。
それが、行われている場所が、ここ、調教スタンドの3階なのである。

また、3階の記者席からは、調教馬場の向こうに、
今勝山麓を一望することができる。
まさに絶景。そして、都会では感じることのできない雄大さ。

ここが、「競走馬の生活に適した自然環境」
であることを、全身で感じ取ることができる。


・・・・「トレセン紀行 後編」に続く・・・・


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「府中の坂は厳しいぞ…」 心に残った一言 その2

ライデンリーダーが4歳牝馬特別で、
センセーショナルな中央デビューを飾り、
桜花賞で窮屈なレースを強いられながらも4着に追い込み、
オークスでの本命はこいつだと思っていた私にかけられた冷水。

それが、某厩舎のオッチャン厩務員の

「府中の坂は厳しいぞ…」
である。

以下、私とオッチャンの会話。

オ 「ライデン、ライデンって言うけどな、笠松に坂あんのか?」
私 「多分、ないと思いますけど…(知らない ^^;)」
オ 「じゃ、ライデンはあんな強烈な坂、初めてやろ」
私 「でも阪神で伸びてましたよ」
オ 「アホ、阪神の坂と府中の坂を一緒にすな」

私 「…」

オ 「俺が何年か前に府中に馬を連れていった時な、
  スクーリングでコースを歩いたんやけど、
  あれは強烈やったぞ。坂の下から、
  ゴール板が見えへんねんから。

  みんなライデン、ライデンって言うけど、
  俺はライデンリーダーは絶対に伸びへんと思うぞ。
  確かに能力は認めるけど、地方の実績馬は大概、
  あの坂にやられるわ。悪いこと言わんから、やめとけ」

このオッチャンの熱弁で私の◎はアッサリ、
ライデンリーダーからダンスパートナーに。

果たして、本番のレースでは…、

アンカツが府中の坂を舐めきった甘々騎乗で、
人気を裏切る大惨敗(13着)。
オッチャンの考えの確かさが見事に実証された。

かくいう私はと言うと、ダンスパートナーの単勝で大もうけ。
トレセンに入りたての私にできた、
最初のいい思い出となったのであった。



最近も、京都で見事に差しきった地方馬が
坂のある阪神で全く伸びなかったように、
「坂」というものが地方と中央の「壁」になっているようだ。

「地方の怪物」の登場が待たれて久しい。

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トレセンの「ホワイトアウト」

皆さんは「ホワイトアウト」という現象をご存知だろうか?

うろ覚えの知識(知ったかぶり)を発揮して説明すると…、
真冬の雪山などで起こる、ガスをまとった雪で、
目の前が真っ白になる自然現象のこと、である。



その、「ホワイトアウト」が
雪山でもないトレセンに突然、起こることがある。

トレセンの「ホワイトアウト」
…それは、夜と朝の温度差が原因で生じる
一般的には「もや」や「きり」と言われるものだが、決まって起きるのは
調教真っ盛りの早朝なのだから、始末に終えない。

「ホワイトアウト」が起こると…、

調教スタンドの前面のガラス全面に
乳白色のきり(もや)のカーテンが降り、
目の前にあったはずのコースは視界から完全に消え去り、
調教スタンドは、何やら非現実的な隔絶感に包まれる。

簡単に言うと、目の前が真っ白になって何も見えなくなるのだ。

記者席の調教班でも、
坂路組は間近で馬を見るので、あまり影響はないが、
コース組はする(できる)ことがなく、完全に手持ちぶさたになる。

せめて直線の時計だけはと、双眼鏡で目を皿にして探すものの、
ゴール通過はうっすら見えたとしても、
ゼッケンが見えないので、馬名が確認できない。
いや、それ以前に1ハロン標識が見えないので、
ストップウォッチをどこで押せばいいのかも分からない。

そのため、「ホワイトアウト」が起きると、
仕事から開放された記者席には弛緩した空気が流れる。
しかし、それぞれの事務所に帰ると、存在確認すらできなかった
馬の調教コメントを書くという、不毛な時間が訪れることになる。

競馬専門紙の調教欄で、
「もやで確認できず。だが馬体は…」
という苦しい説明を見たことがある方も多いだろう。
それが、まさにホワイトアウトの弊害である。

しかし、この「ホワイトアウト」がもたらす最悪の弊害は、
調教馬の故障や落馬に対しての、
調教監視員のリアクションが遅れることだろう。

視界が狭まるのだから、当然、事故が起きる確立は高くなる。
名前は忘れたが、アメリカの有名な馬が調教中に故障し、
「ホワイトアウト」のため、収容が遅れ、
引退に追い込まれたことがあったらしい。

「自然の力は偉大だなー」と思いつつ、ボーっとする
しかなかった私だが、乳白色のカーテンの向こう側は、
こちら側の気持ちが下がった分だけ、いやそれ以上に、
深刻な状況に陥っているのかもしれない。

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