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トレセン紀行 前編

競走馬の大半が馬生の終焉を迎える地、トレセン。
そのトレセンの仕組み、構造を知れば、
競馬をまた違った視点で見ることができるのではないだろうか。

という訳で、長編「トレセン紀行 前編」をどうぞ。



JP大阪駅から、電車に揺られること約1時間。
栗東トレーニングセンターの最寄り駅、
JR東海道本線の「草津」駅に到着する。

そこから帝産バスに乗れば、390円(平成10年前後)の運賃を要して、
約20分の距離。

しかし、どうせなら奮発してタクシーでいくことをお勧めしたい。
なぜなら、この帝産タクシーは競馬開催日の関係者の御用達だから。

「〇〇を乗せて、雄琴に行ったことがあるよ」

などという、こぼれ話が聞ければ、2000円の運賃などは安いものだろう。

直接、JRAの事務所まで乗りつけてもいいが、初めての人は、

「トレセンまで。バス停の『中村』前」
と運ちゃんに告げよう。

そうすれば、降りた場所から、
日本中央競馬会(JRA)の象徴的存在である
故シンザン号のブロンズ像が見えるはずだ。

シンザンに護られたここが、栗東トレーニングセンターの正面玄関。

そのシンザン像から厩舎地区の入り口までは、
緩やかな坂道になっている。
歩道のわきに植えられている木は桜。

この桜並木がシーズンには満開の花を開き、
絶好の風景を演出してくれる。
もっとも、酒飲みが集まる厩舎人には、
花見の季節としての認識度が高いようだが。

4、5分も歩けば、最初に見えてくる門。
これが倉見門。厩舎地区へ通じる4つの通用門の1つである。

守衛さんに挨拶を交わし、中に入ってみると…。

一歩足を踏み入れた瞬間に、独特のすえたにおいが周囲を囲む。
正確には寝ワラに尿が付着して起こる化学反応(?)なのだが、
初心者はまず、この「におい」の洗礼を受けることになる。
でも大丈夫。慣れるまで時間はかからないはずだ。

そして、深呼吸して辺りを見渡せば、
目に飛び込んでくる競走馬の曳き運動の風景。

運良く、ピークの時間帯に当たれば、
厩舎の周辺は厩務員に曳かれた競走馬で一杯になっているはずだ。

どれがG1馬で、どれが未勝利馬などという
見分けはほとんどつかないし、
そんな無粋なことはしなくてもいい。
ただただ、非日常的な光景を目に焼き付けておくべきだ。

道路をよく見れば、アスファルトがほとんどないことに気付くだろう。
前足に「爆弾」を抱える競走馬にとって、堅い道路は厳禁。
管理馬の健康を気遣ってのことは言うまでもないだろう。
全てにおいて、「馬・優先」の世界なのである。

それゆえに、雪や雨の日は長靴が定番アイテムになる。
雨の日に新品の革靴で来た人は、後悔することになるから要注意だ。

地区内に立ち並ぶ厩舎数は約120棟。馬房数は約2200だろうか。
馬房が満杯だとして、ここに休養馬と未入厩馬を足せば、
栗東に所属している全競争馬の数が見えてくる。
変動はあるが、平均して3000頭弱、
美浦トレセンにもほぼ同数が所属しているとして、
中央競馬は常時、約7000頭で回転していることになる(と思う)。

通常、調教師は1人で1棟の厩舎を管理している。
厩舎には10〜20の馬房が並んでいて、
右端には調教師の住居、左端には
「大仲」と呼ばれる厩務員の休憩所がある。

厩舎の馬房数に差が出ているのは、
キャリアに応じて割り当て馬房数が決まっているため。
調教師1人当たりの馬房数を平均すれば20ほどだが、
新規開業調教師には12馬房の割り当てしかない。
そこからスタートして、キャリアとともに増加していくシステムなのである。
ちなみに、キャリアの浅い田原師や池添師は12馬房しかないが、
大ベテランの伊藤雄師は24馬房を管理している。

馬房の右端にある調教師の住居には、
そこで師が家族と生活している場合もあるが、
外に別邸を構えている人も多い。
トレセンの近辺に、田舎の風景にそぐわない豪邸が散在しているのは、
そのためである。

厩舎内に入れば、ラジオの音が聞こえてくる。
テレビをつけっぱなしにしている厩舎もあるように、
絶えず、管理馬を騒音に慣れさせる訓練をしているというわけ。

厩舎には調教師の個性がよく表れている。
空きスペースで野菜や果物の栽培をしている厩舎もあれば、

松元茂厩舎のように、
鉄柵に囲まれた馬の砂遊び場を作っているところもある。
余談だが、この鉄柵を立てるのに、
私をはじめ、門口さん、石川さんなど、
各社の松元茂厩舎担当TMが総出で手伝わされた。
いや、お手伝いさせていただいた。

大久保正厩舎は、馬房前の通り道の砂に非常にクッションが利いている。
記憶の糸を辿れば、ナリタブライアンの現役晩年が
一番柔らかかったような、気のせいかな…。

トレセンでは5つの厩舎を1つのブロックとして分けられており、
その周辺は車道とは別に、「馬道」と呼ばれる砂の道で囲まれている。
馬の曳き運動はここで行われるというわけだ。

絶えず水を含んだ状態を保つために、
夕方には散水車での水撒きは欠かせない。
冬場には、凍結防止のため、不凍液という液体も散布されている。
時折、この不凍液が馬の傷口から侵入して、
フレグモーネ(玉節炎)という病気を引き起こす場合もある。


さて…

倉見門から南西に直進して、調教スタンドに向かってみよう。


「公正競馬は我らの使命」
「寝ワラのリサイクル運動」
「注意!! 『馬』横断あり」

この道中、こう書かれた独特の看板に気付く人も多いはずだ。
トレセンか競馬場、牧場にしかない種類の看板が、
改めて、ここが特殊なフィールドだと感じさせくれる。

道路のわきにある、青く塗装された鉄の箱は、寝ワラ専用のごみ箱。
毎日、夕方に中身が回収され、近くの農家に堆肥として配られている。

こういった、地味な貢献は話題に上らないが、
周辺住民との共存を指標とする
トレセンらしいエピソードと言えるだろう。

また、礼に始まり、礼に終わるトレセンでは、
誰を見ても挨拶を欠かさずに行おう。
(馬、自転車、単車にのってる人は別ね)

朝は「ザイーッス」
昼は「チャイーッス」「チッス」

などが主流のようだが、調教師の先生には当然、敬語で話しかけるように、
って当然か。



調教馬場に面して建てられた調教スタンドは、
3階建ての非常にシンプルな構造。

1階が売店と厩務員席。
2階が調教師席。
3階が記者席と馬場監視員席。

となっている。

1階の売店のメニューは,
コーヒー、各種うどん、おにぎり、
ゆで卵など(平成10年前後)で、お茶は飲み放題。
どれも安価で、かき揚げうどん以外は味もそこそこおいしい。
自動販売機も設置されているが、
ほとんどの飲み物は100円に設定されており、
硬貨を何枚も入れる手間が省けて大助かりだ。

また、朝の早い仕事がら、
しかも冬は氷点下近くまで気温が下がるので、
ほぼ1年中、ストーブには火が入っている。

2階は調教師席となっているが、
大きいレースが近付くと、
調教師よりも記者の数が多いこともしばしば。
そのため、調教開始から1時間は報道規制が敷かれ、
取材禁止の措置が取られている。

調教師の中には3階の記者席で競馬記者と一緒に調教を見る人もいる。
新井師、佐々木晶師、山内師、白井師、田中耕師などがそうだが、

3階が特別見やすいわけではなく、
この先生(調教師は先生と呼ばれる)方は、
そこを記者とのコミュニケーション
(情報交換)の場として利用しているのである。

新井師は別の意味でも凄い人である。

なんと師は専門記者も顔負けの採時の腕前を持っているのである。
20人は下らない数の記者が逃した時計を、
師が採っている場合が、多い時は1日に2、3本はあることも珍しくなく、
私も何度か助けてもらったことがある(^^)。

G1レースの当週には、
空きスペースを利用して、共同記者会見も行われる。
調教師と騎手が並んでソファーに座り、
インタビュアーのインタビューを受けているシーンを、
テレビで見たことがはないだろうか。
それが、行われている場所が、ここ、調教スタンドの3階なのである。

また、3階の記者席からは、調教馬場の向こうに、
今勝山麓を一望することができる。
まさに絶景。そして、都会では感じることのできない雄大さ。

ここが、「競走馬の生活に適した自然環境」
であることを、全身で感じ取ることができる。


・・・・「トレセン紀行 後編」に続く・・・・


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